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武士の教育において、最も重要視されたのが、品性を高めることであった。高められた、あるいは良い品性を“上品”と呼び、低い、あるいは悪い品性を“下品”と呼ぶ。上品、下品の対立は、人事関係に基づいて更に人間そのものの性質を表明するようになり、上品とは高雅なこと、下品とは下卑(げび)たことを意味するようになる。 人間の品性、つまり人品が“目に見える形”で現れる場所は顔であると私は強く信じている。「顔」は顔つき、表情のことであり、「造形」そのもののことではない。およそ140年前に、ホイットマンが称讃した「考えぶかげな黙想と真摯(しんし)に輝く目」を持った日本人は、遠くなりにけり、である。 真摯:ひたむきにものごとにとりくむようす 知性を表現するために用いられた「知」という語は、主として叡智を意味したのであって、知識には極めて付随的地位が与えられたに過ぎない。武士道の骨格を支えるものは智仁勇であり、武士は本質的に行動の人であった。仏教の世界では、「知」は「一般の分別、判断、認識の作用」、そして「智」は「高次元の宗教的叡智」の意味として使い分けている。武士道の教育が重視するのはもちろん「智」であり、実践・行動である。 |
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いま「武士道」を読む 志村史夫 丸善ライブラリー |