桃生の歴史風土が
人を育てる

修空館道場初代会長 小野寺 峻【桃生町誌編纂委員、郷土史家】

☆創立二十周年寄稿

 北上川に囲まれたこの桃生地方は、今、わかっている
だけで、四〜五千年前から人が住み、約1300年前頃
になると、沢山の人達が、西の方から移ってきて、開拓
を進めたり、時には悪者たちと戦ったりして、
国造りに力を注いできた所です。

 800年前の源平合戦では、義経を総大将とする北国
の勇者たちが、遠く四国、九州あたりまで平家を追って
滅亡させ、或いは、南北朝の内乱にあたっては、多賀城
の鎮守府将軍を助け、葛西公に従って上洛して、各地に
転戦するなど、日本歴史の上で、何等かの役割
を果たして来たに違いありません。

 都市の人の目には、山深い不便な田舎に見えるかも
知れませんが、この大自然の中から身も心も強い、
世の中の役に立つ人間が育つところでもあります。

江戸時代にも、この永井からは、剣豪、相沢永長斎
が出て、北は津軽から四国、九州まで行脚して、
試合を挑み、一度も負けたことがなく、永井に帰っ
てからも、小山一刀流の開祖として、あるいは、
浅山一伝流
の柔術を広めたりしながら五千人余りの
門弟を育てたといいます。

 高須賀の竹永直人は、柳生新陰流から、柳生心眼流
(注)を編み出してその開祖となるなど、この地方
こそ武道の発信地でもあるように感じられます。

この地方から、全国に、輝かしい実績を示した
多くの先輩達に続いて、若い男女諸君が、「天地
正大の氣」と、「不動の心」で、未来に向か
って、一層の奮起を期待して居ります。

(注)       剣術、柔術、棒術などのこの流儀は現在、迫町の星氏に伝承
     され、組型は宮城県指定無形文化財になっている。